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【補稿】第12夜 ふくべと竜馬


 もう10月も後半。この調子であっという間に師走が来てしまうのでしょうが、今年にかぎっては、すごく楽しみにしていることがあります。

 東京駅と日本橋駅の真ん中にある「ふくべ」が、改装のためいったん閉店したのは今年の1月のことでした。新装開店は12月(予定)とのことで、一体第何週めなのか、今からそわそわします。菊正宗をお燗にしてもらって、何を食べようかなと。


 好きな店がいったん閉店すると聞くと、一瞬は残念に思うものの、どんな老舗も始まりはピカピカでした。お店の精神はそのままで、さっぱり磨かれて帰ってくるのだと思うと、いつかまたカウンターで飲める日まで自分も頑張ろうと思えます。


 新橋に「竜馬」という立ち飲み屋があります。

 立ち飲みブームというのは、何度か大きなうねりを伴って起こっては納まり、また起こって──を繰り返しています。今はもうブームではなく、定着して、細分化していますが。

 そんな中でも竜馬は特別な存在で、定点観測でいうと、独身時代に私が遊んでいた2005年前後には新橋で間違いなく1,2位を争う熱い店でした。

 うなぎの寝床とはこういうことかと思わせる構造に、ぎゅうぎゅうに人が入って、みなカウンターに対して器用に体を斜めにして、譲りあって、また新たな客がねじ込まれて、とにかく楽しい店でした。締めのサッポロ一番塩ラーメンも、竜馬で食べるとなぜかとんでもなくおいしかった。

 その竜馬のことを、ライターの寺田伸子さんという方が、こんな見出しを付けて雑誌で紹介していました。BRUTUSか、dancyuか、どちらかだったと思います。


竜馬があるかぎり、毎日を頑張っちゃう。


 頑張れる、ではなく、頑張っちゃう。

 いいね!ボタンがない時代に、本当、ガッテンガッテンガッテン。竜馬はこんな風に表現されて当然のお店でした。

 15年以上前の、雑誌の小さなスペースのコピーとクレジットを今でも覚えているなんて、すごいことです。お酒が好きでなければ、そして、中に入り込んで取材しないと、こんな見出しは書けないと思います。寺田さんとは面識はありませんが、それからもいいなと思う原稿があるとクレジットをチェックして、「やっぱり寺田節だ」と確認したことが何度もありました。人づてに、今は弁護士をされていると聞きました。

 

 新橋のおすすめはまだまだあるのですが、そして残念なことに最近は全然行けていないのですが、またどこかで書くかもしれません。

 毎日を頑張っちゃうと堂々と宣言して、元気で健康で、お酒を飲んでいたいものです。頑張るための言い訳としてお酒があるのなら、飲みこなしてみせましょう。



*新刊『愛しい小酌』が2022年10月21日(金)に大和書房から発売になります(詳しくはこちら)。本には書けなかった裏話やエッセイなどを、【補稿】とし、発売日まで毎夜更新しています。



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