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【補稿】第3夜 花嫁とシャンパーニュ

 今はなき青山の「マノワール・ディノ」で、十数年前に結婚披露宴を開きました。中庭にある樹齢300年のクスノキの下で、歌手である友人に「オンブラ・マイ・フ」を歌ってもらい、ゲストにシャンパーニュを振る舞って。素晴らしい秋晴れの日でした。


 私が披露宴で譲らなかった点は、家族と同じテーブルに着くことでした。正確に言うと、新郎新婦が座る高砂席が嫌だったんです。ぽつねん、としていて。私の家族はみんな富山に住んでいますから、なかなか会えないし、一緒に飲んで食事をしたかったんです。

 このリクエスト、間に入っていたウェディング会社には強く反対されました。高砂席を作らないなんて聞いたことがないの一点張りで、新郎新婦の家族が上座という形になり、ゲストに失礼にあたるというのがその理由でした。

 そういう形式が大事な場面はもちろんあると思いますが、帝国やオークラならいざ知らず、親しい友人と家族だけの、レストランでの小さなパーティです。母も、義理の両親にも、高砂席は作らないことを事前に話して根回しして、ウェディング会社の担当者を説得して……なんとか家族と同じテーブルで食事をすることができました。友人たちのテーブルへは、時間をかけて私と夫でまわりました。


 宴もたけなわというところで、いろんな方に短いスピーチをお願いしたのですが、その中で、大学同期の友人が私の三原則としてこんなことを発表しました。

 けいさんは昔から「群れない」「媚びない」そして「甘い酒を飲まない」。この3つを徹底している人でした、と。

 甘い酒というのは、カルーアミルクとかカシスウーロンのこと。当時はそういうお酒が居酒屋で女子用みたいな立ち位置にあって、お酒に弱い子はそういうのを1分間に1ccくらいのペースで舐めていたんです。その横で枡酒を飲んでいたのが私でした。


 三原則の三番目を聞いた、そのときの母の恥ずかしそうな表情......酒飲みの娘をもったことが、特に義理の両親の手前、申し訳なくて仕方なかったようでした。スピーチを聞きながらもなおシャンパーニュを飲んでいる私を、「そんなにお酒を飲む花嫁がどこにいるの」と小声で叱ったのでした。

 ああそうか、と思いました。高砂席っていうのは、ひとの目(主には親の目)につかぬようにシャンパーニュをぱかぱか飲める席なのかと。


 学生の頃、少しだけアルバイトをしていた銀座のレストランでは、週末にウエディングパーティが開かれることがありました。高砂席にいた、あるカップルを思い出します。

「あの子(ゲストのひとりです)と浮気してるでしょう」

 新婦が平静を装ったまま口角だけを上げて新郎をなじり続けていました。隔離された高砂席の、装置としてのメリットというものが、こういうところにもあるのでしょう。

 披露宴のあと、ゲストのお見送りも済んで、高砂の魔法が解けた新郎新婦は、誓いの指輪を投げつけての大喧嘩になりました。オロオロするばかりの新郎の足下に這いつくばって、私が指輪を探したのでした。見つかったのだったか。覚えていません。



*新刊『愛しい小酌』が2022年10月21日(金)に大和書房から発売になります(詳しくはこちら)。本には書けなかった裏話やエッセイなどを、【補稿】とし、発売日まで毎夜更新しています。





 


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