8割の偶発的な出来事


 最近、2018年に出版した単行本『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』を読み返していました。  この本の大きなテーマは、毎日19時に家族が揃って、そこそこ栄養バランスのとれた温かいご飯を食べること。当時の帰宅時間が18時半だったので、夕飯の準備に費やせる時間は30分です。なるべくストレスなくそうした生活を続けていくために、私が実践していることについて、10品の料理(型)を軸に書き下ろした本でした。

 その後のコロナ禍を挟んでの、久々の再読。「私はこんなに頑張っていたんだ」と、遠い昔を懐しむような気持ちで読みました。

 今は、あんまり頑張っていません。頑張らなくていいように、人生を選んできました。あの本は、料理の筋トレの要素がありますから、じゅうぶん、私は料理筋を養ったのだと思います。ツイッターを続けて、食生活を公開してきたことも、良かった。継続は力です。

 でもそれは私の場合であって、今でも、あの本は多くの人に役立つ本だと思っています。小学館の編集者・佐藤さんと、フリーランスの同じく編集者・田中さんのお仕事ぶりも、素晴らしいです。

 これを機に、働き始めてからの年月を振り返ってみました。特に、人生の転機になったポイント(青字部分)を見ていきます。


まず、5期に分けて年表にしてみます。



1期/猛烈サラリーマン


2001年

出版社に就職。 猛烈サラリーマン時代①の始まり


2010年

ツイッターに140文字のレシピを投稿し始める。


2011年

結婚



2期/親になる


2015年

長女出産 約1年間の産休・育休


2016年

職場復帰

出産前と同じ編集部でフルタイム勤務 

長女に先天性の重度の障がいがあることが分かる

長男出産 半年の産休・育休

2017年

二度めの職場復帰 出産前と同じ編集部でフルタイム勤務



3期/ローリスクで挑戦


2017年

初著書『わたしのごちそう365』出版

副業元年

新聞連載スタート


2018年

出版社退社 ベンチャー企業に転職

猛烈サラリーマン時代②の始まり

『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』出版(2冊め)


2019年

ベンチャー企業退社 

サラリーマン生活に終止符



4期/やりたいことをやりたい


2020年

某企業に業務委託として契約 直後にコロナ禍

『閨と厨』出版(3冊め)

『わたしのごちそう365』 文庫化・新装刊(4冊め)

2021年 『土を編む日々』 (5冊め)

『泣いてちゃごはんに遅れるよ』(6冊め)



5期/自己決定全開モード


2022年 山梨移住

新刊準備中(7冊め)、起業準備中



ざっとこのような20年でした。

続いて、細かくみていきます。



1期/猛烈サラリーマン


・雑誌編集部に配属になり、忙しく働く。副業をするなんて、ましてや、会社をやめるだなんて、考えてもみなかった頃。家には寝に帰るだけ。休暇は国内外へひとり旅。 ・ある日、ふと閃いて始めたツイッターが、のちの仕事人生を変えることになる。 ・結婚してからも仕事をセーブする気なし。しかし夫から過労を心配され「もう少し体を大切にしてほしい」と懇願されたことをきっかけに、働き方を変えなくてはと思い始める。旧姓から夫の姓に変えたのも、このやりとりがきっかけ。



2期/親になる


・2015年、2016年と続けて出産。通勤時間の短縮のため、神奈川の家を売却し、東京都内に不動産を購入。この時点で、まだサラリーマン生活ファースト! 

・そんなとき、娘に重度の障がいがあり通常に発育できないことが分かる。フルタイムの編集者を続けることはできないと考え始める。しばしの暗黒時代。どう生きていったらいいのか分からない。助けを求めてたくさんの本を読む。同じ障がいのある子の親たちとも、つながり始める。この時の出会いは宝。この時期の経験のおかげで、今があると思う。



3期/ローリスクで挑戦


・会社員でありながら、個人でできる仕事を模索。リスクを低く抑えて、自分にできることを探した時代。 ・そのひとつめとして、寿木けいのペンネームで本を出版。出版社から声をかけてもらうという幸運により、初めての本を出せた。

・働きやすい条件を求めて出版社を退職。まだサラリーマンを辞める勇気はなく、フルタイム正社員として転職。しかし、私には合わない環境で、約1年で退職。大変な思いをしてまでサラリーマンを続けるという選択肢はもうなかった。正社員ポジションを手放すことは大きなリスクだが、小さなリスクでいろいろトライしていたので、気が楽だった。

・寿木けい名義である程度の収入を得られるようになっていたことが、脱サラの決断を後押し。


4期/やりたいことをやりたい


・もう週5日勤務&正社員をしないのだから、どうせなら好きな企業で働いてみたいと思い、ある企業の門を叩く。週3日だけ組織で働く。仕事内容と人が好き。熱意をもって働けている。

・この2年間で4冊の本を書いた。仕事の幅がさらに広がったことが、本当にありがたい。

・うんと頑張ってうんと収入が高いもの/報酬は少なくても、やりがいや楽しさや学びがあるもの/など、仕事を慎重に選ぶようになる。全ての仕事を請けていたら体が持たない。一番大切なのは自由な時間。



5期/自己決定全開モード


・夫の転職を機に山梨に移住。コロナ禍により、会社のリモート勤務体制が進んだ。現在でも仕事に費やす時間の約7割はリモート。

・現在起業準備中。そのうちのひとつは、ずっと憧れていた宿の経営。あと5年遅かったら、気力や体力が今ほどなかったかもしれない。今だからこそ、この人生。タイミングというものは大切だとつくづく思う。

・時間の使い方を自分で決めているという実感が、これまでの仕事人生の中で最も強く、幸福度も高い。


…以上、ざっと振り返りました。



「人生のキャリアの8割は、予想外の偶発的な出来事によって決定される」

 これは、スタンフォード大学のクランボルツ教授によって提唱されたキャリア論「計画的偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」の中の言葉です。

 私の場合は、「子どもの障がい」と「夫の転職による移住」が、大きな偶発的な出来事にあたります。

 特に前者は、直面した当初はものすごく取り乱したし、悩んだし、隠れていつも泣いていました。でも、それも自分の人生なんだと腹を括って、進むしかありません。  人生の8割は、思い描いたようになんて進みません。多くの大人が、実感として納得できるのではないでしょうか。キャリアを計画的に積み上げるなんて、そんなのたいてい無理だし、だからこそ、まだ起きてもいないことを先回りして悲観する必要もありません。

 もっと良くして行こうという諦めない気持ち。これまでだって、問題が起きても、なんとか解決してきた(逃げることも含めてです)と、自分を信じる肯定感。そして、そんな自分をどこか面白がって客観視するような視点(手書きの日記はおすすめ)。そこから得られた教訓や発見を笑って話せる友人の存在。健康。全部、大切なことです。



<< 前へ      次へ>>


最新記事

すべて表示

7月の着工に向けて、家の図面を2階建てから平屋へ大幅に変更しました。  工務店さんとの打ち合わせを重ねるなかで、基礎工事の予算が想定以上に膨らんでしまったことや、構造上どうしても動かせない柱があることなど、色々な制限があることが分かってきました。こういうとき、細々と金額を削っていくよりは、発想をがらりと変えたほうがいいと判断したのでした。  不思議なもので、昨年からかなりの時間をかけ、様々な角度

移住してから二か月が経ち、幸福度がとても上がったことを実感しています。 その鍵を握っているのは、能動的な孤独ではないかと思います。この言葉が指すものについては後半に書きます。 移住して良かった点として、まず、自然環境の素晴らしさがあります。 引っ越してきたばかりの2月には、白と黒の険しい線画だった山々が、春になると色彩数を増し、透けた層が幾重にも連なります。富士山だけが特別なのではない。見渡すかぎ

今週、仮住まいに初めて来客がありました。娘の髪を切ってくれる、福祉美容師の方です。引っ越しの段ボールがまだ転がっているような家ですが、少しはきれいにしようと思い立ち、古民家の庭で摘んできた水仙を活けました。 すると、家の顔がかなりさっぱりして、引っ越してきてからの2か月を反省しました。 というのは、この仮住まいが、(立地以外は)なにからなにまで私には気に入らなかったのでした。狭くて古くて、なにより