top of page

身を立てる

 先週無事に、東京から山梨へ引っ越しました。

泣いてちゃごはんに遅れるよ』のあとがきにも書いたことですが、山梨への移住を決めたのは、夫の転職がきっかけでした。

「昔から好きな会社に欠員がでたから、転職したい」

 こう夫が切り出したのは2021年の6月のことでした。それから、東京から山梨へ面接にでかけ、内定が出て……と、夏と秋は飛ぶように過ぎました。同時進行で、家と土地を買い、子どもたちの転校先の手続きも済ませました。

 夫はひと足先に9月から山梨へ単身赴任し、ひとり暮らしをはじめましたから、約半年ぶりに、また一緒に暮らすことになったのでした。

 

 単身赴任が決まった夏、夫とこんな会話をしたことを思い出します。

 子どもたちをひとりで育てる生活が、いよいよ始まることになった日の前の晩、私は、ものすごく不安でさみしいというようなことを夫に言いました。ひとりごとに近いようなものです。口にすることで、感情をちゃんと眺めて、落ち着くというか。

 その様子を見た夫は、なにかじっと考えた末に、こう提案してきました。

「じゃあ、毎日21時にLINE電話しよう」

 

 これを聞いて、なんてやさしい旦那さんだと思うでしょうか。

 私は、まったくそうは思わなかった。いやいや、そんな話をしているんじゃない。視線の先に見ているものが、私と夫では、違うかもしれない。そう感じました。


 家族を根こそぎ東京から引き離してまで選んだ転職です。人生でもっともがんばるべきことは、仕事でしょう。飲み会があれば、参加して社内の事情に通じておく必要もあるでしょうし(いつもいつも行かなくてもいいけど)、新しい技術を学ぶために勉強しなくてはならないこともたくさんあるでしょう。東京の同業他社へ転職するのとは、わけが違います。

 いざ家族で山梨へ行けば、子どものてんかんや発熱で、お迎えの要請が来ることが必ずあります。私が東京の会社に出勤していたら、当然、夫に行ってもらわなくてはならない。そんなときに、職場での信頼関係が築けていなければ、仕事を休む(早退)することへの風当たりも、もしかしたら、強いかもしれない。だからこそ、1日も早く仕事で身を立てておいてくれることが、私にとっていちばんうれしいことでした。


 私はこっちを守るから、心配はいらない。だからあなたは、精一杯頑張りなさいと言って送り出してから、もう5か月も経ったのだなあと、小さな仮住まいで思うのでした。

 結局、LINE電話は一度もしませんでした。





最新記事

すべて表示

東風吹かば

私のエッセイ「木陰の贈り物」が中学受験の国語で取り上げられ、しかも私には解けない問題があったことをきかっけに、いろんなことを思い出しました。 正確には、解けないというよりは、なんと答えてよいか分からなかったのです。 そもそもエッセイは、自分でもうまく説明できない、ままならない思いだからこそ言葉にしていくものだと思います。書いている本人は、本が出たあとも、はたしてこの表現で言いたいことが伝わっている

編集長の採点簿

太田和彦さんといえば、私のような左党にとっては居酒屋文学の代表のような存在です。東京の街を遊びまわる際には、ご著書を参考にしてきました。 その太田さんがめちゃくちゃおもしろそうな翻訳本『食農倫理学の長い旅』を出されたというので、しかもそれが400ページを超える大作と知り、なるほど、このような形で食の道を極めていくキャリアもあるんだなあ、さすがだなあと思っていたのですが、本を少し読んですぐに分かりま

家自慢

今日は原稿を一本納品しました。ある出版社の創立125周年を記念して作られた本に掲載される原稿で、字数は2500字。興味があるテーマだったから、気負わずに書けたのはいい。それでも、途中でああ、どうしようと困った点がひとつありました。 今取り組んでいる山梨の家のリノベーションについて触れなくては書き進められない内容だったのですが、どこまで詳細に書くかということについて、考えてしまいました。 なんだか、

Comments


bottom of page