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少年よ、神話になれ。

 毎年、大晦日だけは、子どもに夜ふかしを許しています。全員で紅白歌合戦を見るためです。いつもは20時にベッドに連れていくことにしているので、昨年末は、さて何時くらいまで辛抱できるかなと見守っていましたが、下の子は、たのしみにしていた「源ちゃん」(と彼が呼んでいる)が出てくる直前に寝落ちしてしまいました。


 たくさんの曲の中でも、子どもが一番反応したのは、『残酷な天使のテーゼ』(高橋洋子)でした。

 Spotifyで聴かせてくれと言っては何度も再生をせがみ、一旦停止しては、歌詞を落書き帳に書き写すという、気が遠くなるような遊びで、2022年のお正月が始まりました。これまでいろんな曲を聴かせてきましたが、子どもがここまで夢中になったのは、初めてのことでした。私が冬によく料理をしながら歌っている『津軽海峡・冬景色』には見向きもしないのに。


『残酷な天使のテーゼ』の魅力は、どこにあるのだろうかと考えます。

 少年よ、と呼びかけておいての命令形「なれ」。しかも、神話という壮大なものになれという。それは、死をも超えていけということ。一曲を貫く、たたごとではない感。

 テーゼ、パトス、バイブルといった、ところどころ差し込まれる、息子にはまだよくわからないだろうけれど、従わざるをえないような哲学的な入り口。

 イントロのチャッチャッチャラッチャーチャのあたりも、当然、つかんできますよね。紅白の高橋さんの衣装も、姫のようであり、拘束されたロボット感もあって、子どもに受けそうだった──などなど、もっとちゃんと分析すれば、この曲が6歳児の心をつかむ理由がいくつもあるんだと思います。


 子どもの姿を見て、なにより私がじんときたのは、メロディに合わせて歌詞をくちずさみたいという欲求が、理屈を超えた、根源的なよろこびなのだなということでした。聴くだけじゃ、鼻歌だけじゃ、だめ。歌いたい、歌い上げたいんです。

 じつは、私にも同じ経験がありました。小学校低学年のころ、カセットテープを止めては、姉たちと一丸となって、歌詞を書き写していました。こたつに入っていた記憶があるので、冬休みだったのかもしれない。

 対象は、中山美穂とか、工藤静香とか、藤井フミヤとか‥‥そんな感じだったと思います。私はひとりだけ年が離れた、五人姉妹の末っ子ですから、うまく書き取れなくて姉によく助けてもらっていたような気がします。語彙力がなければ、ヒアリングして文字にするのも難しいんです。

 その後、『Myojo』という雑誌があることを知り、そこには、新曲の譜面と歌詞が載っていて、欠かさず買うようになりました。


 そういう子が大きくなると当然、カラオケ好きに育ちます。なんせ歌うことが大好きですから、このコロナ時代は、大きな楽しみがひとつ奪われてしまった日々でした。(思いが強すぎて、最新刊『泣いてちゃごはんに遅れるよ』には、私のカラオケ愛が詰まった一篇「終戦記念日のシュプレヒコール」を入れています)

 それでも、12月のある日、恵比寿の昭和歌謡「ピアン」に友人やそのパートナーたち数名で集うことができました。オミクロンが流行する前に、一瞬のチャンスを生かせたのでした。


 同年代と年上中心に集まったので、選曲も、演歌とか、歌謡曲が多かった。なにより、ピアンの雰囲気が、古い歌を選びたい気分にさせます。

 歌詞をしみじみ聞いていると、昭和の歌の3大主役って、圧倒的に男・酒・海なんですね。ボクは自分の気持ちが自分でわからないよとか、ブランンコに揺られてふと考えごとをしたり、誰よりも君が好きだよとか、そんな歌詞は出てきません。吉幾三にいたっては、

「わかるよなあ、酒?」

 酒と話しています。


 対して、女のなんと自立していない、健気で、そしていじましいこと。

「二番目でも構わないわ」「悪いときは、ぞうぞ、ぶってね」。男を調子にのらせる物語ばかり。

 そんなときに、誰かがユーミンを歌い出せば、やっぱりそこには、それまでの時代とは違う女が出てきたなという風が吹くし、小沢健二が流れれば、これまたおもしろい男が現れたなという新鮮なムードに一変するのでした。

 歌って、本当におもしろい。

 歌謡曲に歌われる世界は、かなり古かったり、時代錯誤だったりする。でも、だからこそ、誰も置いてけぼりにはしない。見知ってきた道だから、懐かしさや痛みとともに、身を任せて聴くことができるのだと思います。



子どもの落書き帳。ザンコクナてンシのてーゼ。



師走のピアンにて。みなさんよく踊っていらしたので、風圧で会費が飛ばされないように押さえる幹事(私)。



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