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記憶のスタイル

 本を読んでくれた友人たちから、昔のことを本当によく記憶しているねと驚かれることがあります。


 私の場合、メモをしているわけではなく、大量の絵が記憶に入っていて、それを一枚ずつ取り出して描写をしています。そしてその絵には、匂いや音が付いていることもあり、それが描写の大きな助けになります。一枚の絵を描写しているうちに、また別の絵が後ろに控えていることもあったりして、次にそれを描写すれば、二段落くらいは書けてしまう...という感じです。

 たとえぼんやりしている絵であっても、じっと考えて思い出していると、忘れているモチーフや細部が浮き上がってきます。浮かび上がらない場合は、諦めて、なにか別のネタやモチーフを足がかりにして論旨を展開させ、ひとつの原稿にまとめたりしています。

 みなさんの記憶はどんな形で現れているでしょうか。


 記憶のスタイルはさまざまです。

 先日友達に会ったとき、彼女は音を連続で覚えることができないという話をしてくれました。長い付き合いですが、彼女のその特長を知るのは初めてでした。

 たとえば外国語の習得に際して。先生が一文を読みあげ、「リピート アフター ミー」と言ったとします。彼女はもう、覚えていられなくて、ひとことも発することができないのだそうです。

 それから、彼女は鼻歌を歌えません。朝ラジオで聴いたCMの曲が耳から離れなくなって、通勤途中にフンフン口ずさんでしまうということが、私にはたまにあるのですが、彼女には一切ないそうなんです。短期間でも音を覚えておくことが難しいんですね。でも、そのCMの曲の歌詞は全部正しく書くことができるというから、記憶の形というのは面白いです。

 これらは今に始まった話ではなく、子どもの頃からたくさんの習い事をさせられてきた彼女は、英語(子ども向けの、メロディにのせて覚えさせるような)や音楽のレッスンは本当に苦痛だったそうです。子どもはまだメタ認知能力が発達していないから、こういう向き・不向きは、親がきちんと見てあげなければならないポイントかもしれません。


私の苦手な記憶といえば。

会議に参加したメンバーの発言の細かい部分までちゃんと覚えていられる人って、すごいなあといつも思います。

頭の回転が速いほうではないので、会議のスピードについていけないことがほとんどだし、ひとつのトピックについて考えている間に、次の話題に移っていることもあったりして、会議は本当に苦手です。


 苦手だからこそ、ミーティングでは率先して議事録係を担当しています。あとから読んでも分かりやすいように構成や章立てを考えながら書くので、ボーッとしている暇はありませんが、話の筋をきちんと追って全体像がつかめると、ひとつの場を仕上げたようで、達成感があります。

次回のミーティングまでにクリアにしておくべき点はどこなのか。みんなが決まってモヤモヤしたり引っかかったりしやすい箇所はどこなのか....先週のミーティングでは、これらを「スズキのメモ」という形でハイライトしておきました。何事も、工夫です。


エッセイの原稿の書き方とはまた違う、テキストの表現ですが、こういう言葉への向き合い方というのがエッセイにもいい影響を与えて、勉強になることがあります。

  複数の人の言葉(や意志)を把握しながら、主軸は逃さないというのでしょうか。だからこそ大胆な脱線もできるし、枝葉の話をうまく結び合わせて、ひとつの主題を表現することもできます。同じメンバーのミーティングでいつも議事録を取っているから、発言者のキャラクターもよく分かってきます。言葉遣いは気遣いであり、その人の意外な優しさや、他人に対して譲らない部分も見えます。

 これらは、ある程度の文字数の原稿を書く人であれば、持っていて損はない視点のように思います。



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