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レシピと型紙

 BBC oneに『Sawing Bee』という番組がある。内容は素人の裁縫コンテストで、イギリスじゅうから集まった腕自慢たちが、毎回テーマと時間を与えられ、縫い物(作品)を仕上げていく。専用のミシンやアイロンをあてがわれ、アトリエに用意された布を選び、よーいどんで作りはじめる。途中、ひとり、ふたりと脱落していき、最後にひとりがチャンピオンに選ばれる。

 テーマは「Aラインスカート」や「男性用のスラックス」、「(用意された)モデルにぴったり合うシャツ」など。時間は1時間という短時間もあれば、2日ということもあった。


 あるシーズンでは、アンという80代の女性が優勝した。見ているこちらも納得の、圧勝だった。センスが良いし、年齢とともに積み重ねられた技術があった。前身頃と後ろ身頃のレースの柄を、ずれることなく縫い合わせたりして。

 アンと勝負しなければならない20代のひとたちを、ちょっとかわいそうに思ったけれど、そう感じさせない演出がなされていたのも面白かった。


 私の母も姉もとても裁縫が上手で、というか、母のほうは呼吸をするように裁縫と編み物をこなしていたので、見よう見真似で姉たちも技術を取得したという感じだった。

 なぜ私だけ下手くそなのかは分からない。おそらく、成長してひとり、またひとり、姉たちが家を出ていき、母も仕事をはじめ、末っ子の私は家でひとりで過ごすことがほとんどだったから、家族でくつろぎながら技術を継承する機会がなかったのだろう。

 でも、小間(こま)と呼ばれる裁縫やらなんやらの専用の部屋にはしょっちゅう出入りしていたから、糸や布、ミシンに差す油の匂いならよく覚えている。


 裁縫と料理は似ている。

 できるひとにとっては当たり前のことも、できないひとにとっては難問だ。

 たとえば蒲田のユザワヤに入る。夏だし、子どものワンピースでも作ってやりたいなあと思って店内を見渡す。裁縫上手なひとは、まずどんな布地を買うべきか(買うべきでないのはどの布地か)店に入る前から見当がついているだろう。同じコットンでも、薄いの、柔らかいの……いろいろある。ダブルガーゼもいいし、リネンもいい。

 裁縫下手な私には、それが分からない。素敵な布に目移りしつつも、扱いやすくて縫いやすいかどうかなんて知らないから、結局、型紙の指定通りに買うほかない。でないと、カーテン生地でチュニックを縫ってしまいそうな気がする。型紙に書いていない「アレンジ」なんてまだまだ先の話だ。それでも、本を頼りに、東京で人間が着て歩いても恥ずかしくない服は一応作れているから、下手なくせにちゃんと習おうともしないのだ。


 同じようなことはスーパーでも起きる。

 料理の達人は、まず冷蔵庫の中身を把握していて、何を買い足せば何が作れるかをちゃんと知っている。レシピ本には「豆腐」と書いてあっても、勝手に「鯛」に変更してしまったりもできる。そもそもレシピ本を見なくても料理ができるのだ。

 裁縫でいえば、母は型紙から自分で作っていた。デパートの包装紙やなんかのちょっと質の良い紙を溜めておく引き出しがあって、そこからガサゴソ出しては、つぎはぎしながら立派な型紙を作っていた。縫い物における自分の「レシピ」がちゃんとあるのだ。


 その他の類似点と相違点。料理は包丁で出血する可能性があるし、裁縫はミシンの針で流血する可能性がある。布は余っても腐らないが、食材は腐る。15分で作れるおいしいおかずはたくさんあるが、15分では巾着くらいしか作れない。料理はおいしいが、服は煮ても焼いても食べられない……やめとこう。


 寒くなってきた。編み物でもしたいなあと思いながら、沼だぞ!はまるな!と警戒する気持ちもある。子どもが毛糸小物を巻いてムクムクにふくらんでいるのを見るのは楽しい。買えばいいものを、編もうかどうか迷っているうちに、いつも正月になってしまう。


 【お知らせ】

 11月に新装刊『わたしのごちそう365』が発売になります。文庫本です。

 私のレシピと文章はさておき、作家・柚木麻子さんの解説が素晴らしいので、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。詳しいことはまた告知します。



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