きっと仏、彫ってるよ


 今週は深川不動堂へお参りに行ってきた。ご本尊は不動明王。通いはじめて四年になる。

 不動明王といえば、手に縄と剣をもち、目をカッと見開いて、険しい顔で睨みつけている仏様。仏像と聞いて多くの人がイメージする、安らかで慈悲深いお姿ではない。穢れを焼き尽くし、煩悩を成長のための願いへと昇華させることで、人々を救うとされる。

 深川不動堂の護摩祈祷は関東随一といっていい。法螺貝の音色、三つの大太鼓の鼓動と爆音、そして響き渡る読経。その環境のなかで、あれだけの量の火炎を見られる場所は東京にはない。迷いを焼き払って背筋が伸び、大切なことだけが目の前に提示されるような気持ちになる。


 余談だけれど、ここにお参りしてから、新しい仕事が決まり、お礼参りに行ったら、帰り道にまた新しい仕事が舞い込んで、お礼参りに行き、そして新しい仕事先が決まって……こんなことが続いたことが、定期的に通うようになったきっかけでもある。


 ああ、またお不動さんのところ行きたい──嬉しいことがあって好調なときも、どうにもこうにも出口が見えず不調なときも、こう思う。関東にいくつか好きなお寺があるが、ここ深川不動堂は、私にとっては「働くこと」のための自問自答の大切な時間なのだ。

 お参りとお護摩が終わったら、

「よし、行ってきな」

 お不動様にこう背中を押されるようで、来たときよりも元気になる。


 ずっと昔、仕事でとても苦手な人がいた。押してもダメ、引いてもダメ。会って話がしたいと言えば忙しいと断られ、電話では一方的にまくしたてられ、仕事の方向性も噛み合わなかった。打つ手なし。でも、私はその人との仕事を放棄することはできなかった。

 なんとか時間を作ってお不動さんへ行き、護摩焚きの前で太鼓の音の振動に内臓まで震わせられながら、私は「まだ他にできることがある」と自分に賭けるような気持ちにすがっていた。そういうとき、お不動様の顔というのは険しいながらも、君ならできると応援してくれているような気がする。帰り道、その人に電話をして、私が考えている方向性をもういちど説明した。

「私は絶対に退かない。これは仕事なのだから、納得できるまで諦めません」

 こんな感じで、果たし状に近いようなことを言った。校了の数日前だったと思う。


 山が動いた。そんな手応えがあった。その電話以来、事態が好転して、仕事はうまく行った。当時、北風も南風も手探りで演じてみたけれど、最終的には氷を溶かして春を呼ぶ東風になったのだと、今は思う。(なんかうまいこと書いた)


 お不動さんへお参りしたあとはきまって、折原商店で日本酒。これからの季節は、宮澤商店で国産の樽生もいい。行きたい。


 それでも、東には見るべき仏様は少ない。西とは比べものにならない。


 京都に移住した友人のもとへ遊びに行った時のこと。助手席に乗せてもらい、街を案内してもらいながらごはん屋さんへ向かった。

 友人も幼い頃から仏に親しんできた人で、彼女が相手だと私はつい心を許して喋りすぎてしまう。仏様はいつ会いに行っても違う姿をしていて、飽きることがないとか、仏を前にして気がついた自分の本心とか、ぺらぺらと。知らない人が一部だけ盗み聞いたら、実在する愛人の話をしているように思うかもしれない。

「自分の中にやましいことが少しでもあるときは、やっぱり、仏様の顔が見られない」

 ふと、私がこう言ったら、

「信仰っていうのは、そいういうもんよ」

 彼女が、きっぱり。

「けいさん、そのうち仏、彫ってるよ」

 ハンドルを切りながら、ふっふっふと彼女が予想した。


 仏を彫ってる姿なんて想像したこともなかったけれど、自分の心の中に仏を探して木に宿らせることができるなんて、それはとても素晴らしいことだろう。


 もうひとつ。関東で好きな仏様といえば、鎌倉覚園寺の薬師如来があるが、それはまた別の機会に書く。

 

 思えば、母も父も田舎の大家族の末っ子だったから、幼い頃から葬式や法事法要が多かった。そのときの十分ほどの法話の時間が、私は楽しみだった。お盆と餓鬼の供養、三昧と心の持ちよう、寿命とは?……見事な起承転結の構成で、今でもよく覚えている話がたくさんある。子供にも、暮らしのなかで話して聞かせてやりたいと思う。



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