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  • KEI SUZUKI

マティーニ頼み

 二十代は休暇のほとんどをひとり海外で過ごした。

 初めての旅は、水の都ベネチアへ。朝から晩まで歩いた。どこを撮っても自画自賛するほど絵になったし、何を食べてもおいしかった。それから、フィレンツェ、ミラノ、ハバナ、トリニダ、バラデロ、メキシコシティ。上海とその周辺の小さな町、香港、ホイアン、パリ、ロンドン、アテネ、エーゲ海の島々、ニューヨーク………挙げたらきりがない。

 教訓めいた洞察でも投稿できたらよかったけど、特にない。ただ、人前でやたら現金は見せぬように。旅はいい。時間の流れ方が違う。それはそうだ、強制的にうんと高い所にのぼって、遠いところ飛んでいく。旅のない人生より、旅のある人生。それだけ。

 自慢できるのは世界中のマティーニを飲んだ回数くらい。バーに入るのが好きなくせに基本はビビりで、あるとき口から絞り出したのが「マティーニ、ア ドュラーイ マティーニ」。学生時代に新宿三丁目の『どん底』でちょっと啜って以来好みだった、頼みの綱のマティーニ。このカクテルなら発音を聞き返されることも滅多にない。

 格好つけて名前を呼んでいるうちに本当に大好きになった。マティーニを作ってもらっている間、くつろいで店員さんの手元を見たり、周辺を観察したりして、自分を場に馴染ませていく。少しずつ飲んでいても持つというか、隣に食べ物がなくても絵になるのもいい。ジュニパーベリーっていう香りが魅力の核であるということを知るのはずっと後になってからだけど、嗅ぐと途端になんだか懐かしくなって心が安定して着陸していくような感じがする。


 あるとき新橋のバーで「ジンが好きです」と言ったら、少し離れて座っていた女性に「あら、じゃあアロマテラピーを学んだらいいですよ」と絡まれて参った。以来酒の席でアロマテラピー学習の正しさを説く人を警戒する。確かに、アルコール界屈指のボタニカル。けれど私は嗅ぐより直接体内に入れたい。


 子供が生まれてからは、家でも作るようになった。

 夏の夕方四時はマティーニ解禁の時間。ぐるぐる、からんころん、氷と透明でとろみのあるアルコールを混ぜる。そこにあのおなじみの形のグラス。注ぐさまはどこか儀式のようで日常と結界を張る。

 出版社を辞めたとき、同じチームのスタッフが贈ってくれたのもジンだった。これはなんだかもったいなくてあまり減っていない。


■自宅でマティーニを作る時短コツ

ジンの瓶からちょっと飲んで、あいたスペースにドライベルモットを混ぜて、よく振って冷凍庫で保存しておく。


■東京で飲みたいマティーニ①

アトレ品川内のバー『モンド』の自家製ハムのサンドイッチとマティーニは何度食べたかわからないほど気に入っている組み合わせ。柴犬色の薄いパンを、ビールはだらしなく溶かしてしまうし、ワインではひっかかりがなさすぎる。新幹線に乗車する際にホームにカクテルを運んでくれるという伝説を聞いたことがあるけれど、まだ試したことはない。


■東京で飲みたいマティーニ②

大森『テンダリー』。口元を隠しながらオリーブのたねをぷっと吹き出す小さな紙のブーケが添えてある。優しいマティーニ。



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