洋食と美女


 洋食屋にいる女性というのは、姿がいい。

 こんなふうに思ったのは、『グリルエフ』で私よりひと回りくらい若い三人組の女性たちと一緒になったからだった。オムライスやビーフシチュー、グランタンなど、今では家庭でもそれなりに作れるメニューを、おしゃれして食べにくるという健啖ぶり── 財布も胃も──が、胸をすかっと打った。

 五反田駅の周囲には洒落た安価なバルだってなんだって揃っているのに、洋食を食べるというただひとつの目的のためにみんなで集っている感じが、仲睦まじさに花輪をかけたようにチャーミングだった。お酒に頼らなくても会話に花が咲いてテーブルが温まっている様も、贅沢な感じがした。

 育ちも性格も良さそうに見せてしまうから、洋食屋には魔法がある。

 

 こんな話をかいつまんで、「洋食屋にいる女のひとは美人」説を友人に披露していたところ、読んでみたらと勧められのが、たいめいけん初代店主・茂出木心護による随筆『たいめいけん よもやま噺』だ。初版から細く長く愛され、角川ソフィア文庫から平成二十六年に文庫が出ている。


 書き出しはこうだ。


 あたしが明治学院中等部を中退して、はじめて泰明軒本店に奉公したのは、昭和元年のことで、そのころ本店の初代の大旦那はご健在で、いつも自慢話の一つとして、こんな話をしてくれたもんです ──


「あたし」から始まる修業時代、新川で独立してからの慌ただしくも右肩上がりの商売人生、初めての海外旅行、海外での一流コックとの出会い、新川での祭の風情、神輿、芸者……どのシーンを切り取っても、鮮やかな活劇を見ているかのようだ。そこに、伊勢エビやとんかつ、ビフテキ、オムライス、タンの煮込みなど、脂たっぷりの美食が挟み込まれる。


 この歴史的レストランにはいくつもの伝説があるが、驚くべきは、コールスローとボルシチが創業当時と変わらぬ50円でメニューに載っているということだ。今50円を握りしめて買い物に出てみたところで、コンビニのおにぎりだって、ポテトチップスだって買えやしない。


 スケジュールを睨み、ひょっこりあいた一時間半に、地下鉄に乗って日本橋たいめいけんを目指した。

 出版社に勤めていた頃、何回か先輩にごちそうになったことがある。あれからもう十年以上が過ぎた。寒い夜、相変わらず「高そうな女のひと」がたくさんいる髙島屋を抜け、洋食の館にたどりついた。

 頼んだのは、名物「タンポポオムライス」。チキンライスを平らにならした上に、ふるっふるのオムレツが載っている。たんぽぽ色して、見るからに弾けたがっている。トマトソースは「よろしければお好みで」の別添えだ。

「熱いうちに、ナイフでつうーっと、どうぞ」

 店員さんにそう言われ、オムレツの真ん中に美しい銀のナイフを潔く一直線に走らせると、自らの重力にたえきれなくなったオムレツが左右にぶるるんっと流れ出る。この絵心のある仕掛けの考案者は、伊丹十三だ。


 洋食屋には、料理そのものに対する欲求が生きている。

 高級フレンチと比べてみたら分かりやすいだろう。フレンチには、ワインのセレクトやコースの組み立て方によって自ら晩餐を作っていく総合監督的な采配が欠かせないが、洋食にはそんなものは必要ない。

 寿司と比べてもいい。握りの前に、何か刺身で切ってもらうのか、少しつまむのか、お酒は何を飲むのか。最初から握りでいくなら、どういう順番で頼むのか。過ごし方によって食べ手としての経験値や、巧いとか拙い、粋かどうかといったことまで丸裸にされてしまうけれど、洋食ならこういった怖さとも無縁だ。

 洋食屋では、たいていひと皿でおなかがいっぱいになるように料理が完結しているから、今宵の一品を自分のお腹とよくよく相談して選ばなくてはならない。洋食を楽しむ一番の秘訣は、空腹、それと、気の置けない友人だ。ひとりの場合なら、文庫本か。食事中は白ワインのグラスかなんかを頼んで、グラタンのあとはクリームソーダを食べたってなにも恥ずかしいことはない。これが「欲求」という単語をあてはめた所以だ。


 ここ一、二年で、数時間酒場にいるとすごく疲れるようになってしまった。なにか話をするなら純喫茶のようなところが良いと思うようになったし、飲むなら、ちゃんとおいしいお酒があるところがいい。一度にたくさんのことができなくなったということもあるだろうし、「誰と何を食べるか」とか「何を話すか」ということに対して、より本質的になってきたのだろうと、私は思っている。


 たいめいけんでの食事を終えて会計を頼むと、普段港区やそのへんのおしゃれな店で友人と飲み食いしているより、ちょっと安いくらいなのだ。これには、なんだか狐につままれたような気分になった。一品2000円~3000円するけれど、最終的には良心的ということになるだろうし、品数は少なくても満足度は高い。

 ふと見ると、レジの後ろの壁に、干支の鼠が描かれた凧が掲げてあった。

 初代の茂出木心護は凧の名手だった。日本人ではじめて、パリのエッフェル塔のシャイヨー宮で凧あげをした風変わりな人物で、日本凧の会の相談役も務めた凧オタクである。

 狭くて風のない厨房でひっきりなしに入る注文と格闘しながらフライパンをあおっていた彼は、コック服を脱げば、大空を舞う飄々とした凧に夢中になった。彼の視線も、指先も、のけぞらせ、しならせた体も、このときばかりは、時間が経つことを忘れた子どものようだったろう。その姿を想像すると、私の髪まで、心地よい風に吹きあげられる気がするのだ。



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