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  • KEI SUZUKI

ノート

 涼しくなったことだし本棚の整理でもしようかと思い立った。整理といっても、懐かしい背表紙に指を引っかけたり、昔の雑誌を立ったままめくったりするだけで、本のかさが減ったためしはない。

 ふと、薄い雑誌の間から、失くしたと思って諦めていたノートが2冊出てきた。2017年8月から1年と少し、ほぼ毎日開いていたコクヨのノート。横書きの仕様を縦に使い、ぎっしりエッセイのようなものが書き綴ってある。

  探すという行為は面白い引力があり、そのものを見つける1秒前くらいに「あ、ここにある」と第六感が先に感じ当ててしまうようなところがある。今回も雑誌の間のほんのわずかな不自然な隙間を指先で感じた瞬間に、あのノートに違いないとピンと来た。


 ノートを書き始めたのは、新聞で連載を始めたのと同じタイミングだった。連載の字数は毎回600字。難しい言い回しや流行言葉はなるべく使わず、率直で自分らしい文章を書こうと、連載スタート時は苦労したのを覚えている。なんせ600字は短い。起承転結を150字ずつで書けばそれで満席だ。つい長くなって、主旨があちこちへ飛んでしまう。

 私はその原因を、日常的に集中して書く力が足りないことにあると思った。書きたいことはたくさんあってお題の設定に困ることはなかったから、だったら書いて書いて書きまくる訓練をしてみようと決めたのだった。毎朝20分。うまく書けようが書けまいが、20分でとにかく最後まで書いて締めくくるようにした。だから、ひどい内容のものもある。好きなものを羅列しただけで(!)終わった日もある。

 当時の私は、連載の〆切に合わせて、4〜5本書いてみた中から一番納得できたものを選んで担当者に送っていた。パソコン上では指をいたずらに動かすだけで働いた気になってしまうから、必ず手書きで。頭から吐き出されたばかりの、まだ輪郭のはっきりしないイメージに、指は必死でついていこうとする。そうすると、荒削りであっても言葉がちゃんと自立して現れる。8割がたを紙の上で仕上げてから、パソコンで清書した。


 意志と緊張感をもって始められたこの習慣も、なにかの拍子にぷつと糸が切れたように終わった。一年半続いた連載が最終回を迎えたことがひとつ。それから、考えたり物を書くよりも、数字や成果を追う仕事環境になったことがひとつ。そうして、開かれなくなったノートは、散らかった本と雑誌の海に消えた。

 見つかったということは、また書けという報せと思う。



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