わたしたちは作りすぎている

※2019年10月16日に発売になった私の二冊目の著書『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』のまえがきから、本文を抜粋しています。


「サーバー落ちてるっぽい。死ぬ」

 友人が会社から帰宅する途中でこうツイートし、多くのいいね♡がついた。何の話かと思えば、地下鉄でレシピ検索サイトにアクセスすることができず、晩ご飯に何を作ればいいのか途方に暮れていたのだ。彼女はフルタイムで働く会社員であり、2人の子供を育てる母親でもある。しかも料理がとても好きだ。そんな彼女をしても、献立のヒントが得られない状況というのは緊急事態なのである。

 私も2人の子供を育てながらフルタイムで働く会社員だ。私のスマホには、献立の悩みに応えるべく企業が知恵を絞った様々な広告が表示される。レシピが〈ゴロゴロ野菜のクリーム煮 手作りホワイトソースで〉だった日には、根菜に火が通るまでに何分間煮なくてはならいのだろうかと、吊り革につかまりながら考える。恐らくこのレシピを考えた専門家は、帰宅後大急ぎで食事を作らなければならない人──もし家の中に幼い子がいれば、フライパンに小麦粉を振り入れたところで一緒にトイレに行きたがるかもしれない──が置かれている状況を想像していないのではないだろうか。

 多くの魅惑的なレシピが美しい写真や動画となり、あなたの食卓の味方ですという顔をして視界に入ってくる。この流れは止まることはないだろう。ならばレシピの洪水のなかで泳ぎ方を学ばなければならない。何を作るべきか、もっといえば、何を作らないのかを選択しなくてはならない。

 初めての著書『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(セブン&アイ出版)の発売から2年半が経った。旺盛な食欲で、私はこれまで3,000近くのレシピを考え、作り、夜毎SNSに出没してきた。しかし9年以上献立を記録するなかで、私の好奇心は別の道を探しはじめていた。健康的で簡単で、飽きのこない持続可能な食生活を送るために、私のレシピをふるいかけたらどんな芯が残るのか、知りたいと思ったのだ。

 フォロワーからの反響を見直したり写真を整理するうちに、おぼろげながらレシピの分類や発想の筋道が浮かび上がり、こうして10タイプのレシピに泳ぎ着いた。各レシピは簡単に手に入る素材を使い、食感と味わいにバリエーションを持たせた。どれを合わせてもほどほどにしっくりくる献立が30分程度で完成する。何より、レシピ自体がシンプルだからこそ、応用アイディア(本書では仲間レシピと呼ぶ)は無限に広がる。まさに私が得意とするスタイルが生きた10品だ。

 この本を作りながら、様々な人の顔を思い浮かべた。例えば、春から社会人になる甥っこのこと。この本に載せた10品を作れるようになっておけば、将来きっと役に立つと思う。それから、初めての地方転勤によって毎夜の接待宴会から解放された女友達のこと。念願のちゃんと料理する暮らしを手に入れた彼女に、この本を贈る。そして何より、私自身が「こういうものを食べて、こういう風に暮らしていきたい」と思う生き方を、10のレシピが支えてくれると信じている。



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