手つなぎだこ日記~キャンピングカーの旅2019



 薪は二度、人を温める。一度目は割るとき。運動として人の体を熱くする。次は暖炉の前にたたずむとき──こう書いたアメリカ人作家は誰だったか。

 旅は三度、人を温める。計画を立てるとき。旅の最中。そして、思い返して味わう時に。

 10連休の後半、キャンピングカーで4泊5日の旅に出た。ホテルの予約も、時刻表も必要ない。外食と中食、そしていい加減な自炊を組み合わせながら、気が赴くままに車を走らせるキャンピングカーの旅も、今年で二回目だ。

 前回のキャンピングカーの旅では琵琶湖畔の向源寺を最終目的地としたが、今回はとにかく景色のいいところで眠り、目覚めたかった。

 レンタルしたのは前回のキャンピングカーよりふた回り小さいzelt。正月明けすぐに予約をしたけれど、大きなサイズはすでに満車。しかし、手を伸ばせばひと通りのものが何でも取れるという点では小回りがきいて、結果的にはよかったと思う。



5月2日 木曜日  出発

〜東京から奥日光・中禅寺湖〜


 朝9時、自宅を出る。渋滞と休憩を挟みつつ奥日光を目指す。一度めの旅での学習を生かし、荷物のパッキングは使用目的別に小分けして、すべてかごや箱に入れて積み込んだ。  家族4人分の調理道具と調味料はこんな感じで築地かごにまとめる。


 10連休の折り返し日とあって、ある程度の渋滞は予想していたけれど、昼食の時間になってもいっこうに目的地に近づけない。高速を諦めていったん下道に降り、道の駅アグリパークゆめすぎとで昼食を買う。筍の木の芽味噌、蕎麦稲荷、山菜の天ぷらなどをキャンピングカーのテーブルに広げてみんなで食事を取る。

 娘が床にこぼした醤油を拭こうと屈んだら、今度は息子がコップを倒して私の頭に水をぶっかける。早速手持ちの服が一枚だめになって、初っ端から私は機嫌が悪い。

 佐野SAで午後の休憩を取り、目指すは奥日光の玄関口。ヘアピンカーブのいろは坂を抜ければ、あっという間に中禅寺湖だ。の前に、湖に一番近いスーパーみむらやで晩ご飯の食材を調達してから湖に向かう。



 車中泊の場所に選んだのは、歌が浜第一駐車場。なんとか夕日に間に合って、目の前にはこの景色。湖面ぎりぎりの最前列にキャンピングカーを停める。

 ビールを飲みながら夕食の支度を始める。フライパンで蒸し焼きにした焼売、網で焼く焼き鳥、それから、スーパーで買ったおにぎりやサラダなどの惣菜。焼き網を持ってきたのは正解だった。明日からパンでも野菜でもなんでも焼こう。

 19時半には食事も終わり、簡単に片付けを済ませて座席をフルフラットの就寝仕様に変更する。子どもたちに歯を磨かせ、寝る支度をする。着いたときには夕日目当ての観光客で満車だった駐車場から、一台また一台と車が消え、残ったのは思い思いの車中泊の機能を搭載した車だけになる。私たち以外に4、5台ほど。



 夫、ランタンを持って界隈を偵察にゆく。背中を追いつつその目を上にやれば、落ちてきそうな星空。しかし寒い。ダウンコートを持って来ればよかった。子供達を毛布にくるんで抱きかかえながら、星を見せてやる。

 今回持ってきた本は宮下 遼、石牟礼道子、山内マリ子。積ん読で乱れていた書棚から引っこ抜く。意外にも激しい湖面の波の音を聴きながら本を読み、日記を書いているうちにいつの間にか眠る。



5月3日 金曜日  再訪

〜日光金谷ホテル・湯西川〜


 夜中3時頃、話し声で目がさめる。21時には数台しかいなかった旅の見知らぬ同行者だったが、車のカーテンをあけると車、車、車!満車の駐車場。釣り客だ。車からは準備の整った釣り人がどんどん出てきて、元気が出るテレビの100人ドッキリ隊を思い出す。

 もうひと眠りして目覚めると5時。昨日は見えなかったが、正面に見える山々の頂には雪がかかっているのだった。写真は男体山。晴天。

 湖畔を少し散歩して、朝食は日光金谷ホテルへ20分ほど車を走らせる。まだ子供を持つ前、夫婦でドライブに来ていた懐かしいホテルだ。私と夫はオムレツ付きのモーニングを頼み、子供にはオムレツとジュース、パンをアラカルトで。付け合わせの野菜まで相変わらず美味しくて、「あなた嫌いだったでしょ」とほうれん草を子供の皿から奪って食べる。代わりにトマトをあげた。


 再び中禅寺湖へ戻り、イタリアイギリスそれぞれの大使館別荘記念公園内にある本邸を訪れる。よそさまのお宅に入って一番気になるのはキッチンとダイニング。テーブルセッティングに見惚れる。ここでどんな料理を食べ、どんなワインを飲んでいたのだろう。


 湖の湖の景色を生かしきった建築が素晴らしいのはもちろんだが、湖畔沿いを30分歩くアクセスも気に入った。大人だけなら15分ほどだろうか。鋭い鳥の声を聞きながら、傍らには常に静かな湖と男体山がある。



 昼食は検索もしないで思いつきの蕎麦店「かつら」に入る。蕎麦がきの揚げ出しに柚子を散らしたものが美味しい。お酒は日光権現を一合。


 昼食後はキャンピングカーに戻り、子供が昼寝をしている間に本を読む。夫は湖畔へジョギングに。交代で私も走りに行きたいが、喉の調子が良くないので諦める。


 夕方前、湯西川を目指して出発。途中いくつもの棚田が広がり、鏡のように澄んだ水田が林を映している。

 車の中にいても蛙の鳴き声が聞こえてくる。ふと、子供は蛙の大合唱を聴いたことがあるだろうかと思い、路肩に車を停めて窓を全開にしてやった。

 三ツ岩トンネルを抜け、鬼怒川から湯西川を目指す。深い谷、一面の新緑。


 17時。道の駅湯西川に到着。ここは道の駅に天然温泉が付いているのだ。夕食前に温まろうという観光客でごった返す芋洗いのなか、娘と湯に浸かる。と、ここでなんと大誤算。湯にはレストランが併設されていたはずなのだが、営業時間が変更になり、すでにクローズしてしまっていた。外はもう真っ暗。温泉のスタッフに聞けば

「コンビニもないよ、この辺りは。車で下がるか上がるかしないと、なんもない」。

 絶句しつつも、「このあとおいしいレストランを見つけてあるから」と子供たちに大ホラを吹く。

 しかし北に向かって走れども走れども、店の一軒もありゃしない。スマホも圏外。30分ほど走ってもう諦めかけたころ、真っ暗な獣道に輝く電飾看板を発見。拾う神、それは中華あいづ亭。坦々麺がおすすめとのことだけど、次の日は喜多方に行く予定なので麺類はぐっと我慢。気が利く明るい奥さんと盛りたっぷりの中華料理、食後にはサービスでコーヒーまでいただく。忘れたがたく、名前を記しておく。


 食後は運転を夫に任せ、下郷を目指す。白河と下郷をつなぐ国道289号線のほぼ中央、甲子トンネルを抜けたら、そこはもう今夜の宿、道の駅しもごうだ。気温がまたぐんと下がったようだ。子供たちはくっついていつの間にか眠っている。周辺をぶらぶらと歩いてみることもせず、この日はもう寝る。22時。



5月4日 土曜日  桜前線

〜下郷から喜多方、猪苗代湖へ〜


 3時、寒さで目覚める。ここは日本一標高の高い(900m)道の駅なのだ。

 カーテンをあけると満天の星。トイレと星座観察のために、毛布を体に巻き付けてパジャマのまま外に出る。こんなとき、星の名が分かる人がうらやましい。App ストアで方位磁針をダウンロードし、Google検索を頼りに星を見る。シリウス、北斗七星、北極星を見つけ、ひとりはしゃぐ。

 そうしているうちに、フィルターを一枚ずつゆっくり抜いていくように闇が薄まり、目は星を捉えられなくなった。展望台から見下ろせば、山の稜線が水墨画のように浮かび上がり、やがて淡い紫色に染まって朝がきた。

 朝食には温泉卵と、前日中禅寺湖近くの人気のパン屋フゥ・ド・ボヮで買っておいたパンを焼く。温泉卵器は前回のGWのキャンピングカー旅にも持参。食後はコーヒーを淹れ、風に吹かれながら穏やかな山の稜線に見入る。


 観光らしいことでもしようかと、塔のへつりを目指す。百万年の歳月をかけ、浸食と風化が神秘的な岩の光景を作り出した景勝地。へつりというのは、このあたりの方言で「危険な崖」を意味するとのこと。高所恐怖症の私は、吊橋で足がすくんでしまう。揺れる高所に耐えた褒美にビールが飲みたい、そればかり考えていた。

「塔のへつり」からの帰り道、たんぽぽと立壺スミレを摘む。子供が車まで大事に抱えて帰り、本に挟んで押し花にした。重い本を何冊も持ってきて良かった。


 ランチは喜多方へ。国道112号を会津線に沿って北上する。目の前には、雪化粧をした飯豊山が近くて遠いような顔をして会津平野を見下ろしている。

 お店は「大型駐車場」「座敷あり」の二語で検索結果を絞り、バイパス沿いのすがい食堂に決定。駅近くを避けたのが功を奏したか、並ぶことなくに広々とした和室に案内された。ああ、ここしばらくラーメン断ちをしてきた甲斐があった。


 15時、今夜の宿、猪苗代湖に到着。まだ桜が見られるとは思わなかった。白鳥浜にて。

 天神浜オートキャンプ場で場所取りをしたら、食材の買い出しに近所のスーパーへ。おばちゃんがアンガス牛を売っている。

「牛はアンガス産、あたしゃ福島産。食べてってよぅ」


 夕日を見ながら食事の支度をする。夫が子供たちの面倒を引き受けてくれたおかげで、集中して準備ができる。あちこちのテントから、火を起こすいい香り。久々に黙々と料理をして、おかげでちっとも寒くない。

 息子はお隣の福島ナンバーのファミリーのとーま君(5歳)といつのまにか仲良くなっている。とーま君の宝物・四輪駆動ラジコンカーのリモコンにも触らせてもらい、一丁前にものにしている風。福島の子供の言葉は、唇をすぼめてちょっといじらしく抗議してくる感じで、なんだか可愛い。

 案の定「ぼくもラジコンカーが欲しい」と言いだす。9月の誕生日に買ってやる約束をする。


 夕飯のメニューは、名物の馬刺や、昼間に買っておいた「とち餅」(奥会津産)、アスパラやハム、チーズ、練物など。とち餅というのは、冬の閉ざされた山里ではどんなにか貴重な食糧だったろう。作り方を見たら気が遠くなるような時間と根気が必要なレシピだったから。あんこ入りのとち餅しか食べたことがなかったけど、シンプルな切り餅は鼻に抜ける香りが銀杏のようで気に入った。お酒は末廣 春玉の白。マッコリ風の清酒で、馬刺とよく合う。


 北斗七星と北極星を確認してから寝る。方位磁針がなくても見つけられた。



5月5日 日曜日  蛙の帝国

〜猪苗代湖、奥久慈〜


 5時起床。本日、子供の日。こってり甘いバターはちみつトーストを朝から焼いてやる。

 朝食後はとーま君にさようならを言って、近くのコインランドリーへ。待ち時間に白鳥の遊覧船に乗る。今のコインランドリーは1時間で乾燥まで終わるだなんて驚いた。どれほどの高温熱風を衣類にあてるのだろう。

 対岸は見えず、もはや海。琵琶湖も大きいと思ったけれど、猪苗代湖もなんと大きいこと。中禅寺湖は連休中ずっと波が荒くボートが欠航になっていたが、猪苗代湖は穏やか。快晴。


 昼食は奥久慈に向かう。奥久慈といえば、銀座バードランドで使用されているということで一躍全国区に躍り出た軍鶏の産地。一度でいいからその地で食べてみたい。

 低く広がる果実園の樹々を見ながら車を走らせると、白いものがちらちらと視界を流れる。りんごの花だ。微笑んでいるような、なんと楚々として可憐な花だろう。武茂川に沿って、美しい水田の風景が広がる。特に川上という地名のあたりの、なんてことない素朴な里山の姿が心に残る。

 同じ水田なのに、故郷である富山県砺波市のそれとはまったく違う風景に見える。広大な砺波平野はその名の通り、車窓から見れば定規でツーと線を引いたようにどこまでも一本調子で田んぼが流れてゆき、その間に句読点のように家々が点在する。対してこの里山では山あり谷ありの起伏に富み、視線が上下する躍動感がある。

 徐々に山道へと入り、すると今度は田んぼに茶畑が加わる。奥久慈は茶の産地でもあるのだった。


 正午に奥久慈群大子町に到着。地元の人が行くような店がいいと調べに調べ、見つけたのが奥久慈膳所ゆうゆう。親子丼はもちろんいい。奥久慈軍鶏ささみのフライも劣らずいい。ソースもなにもつけなかったけれど、身は甘く、新鮮な弾力があって噛めば噛むほど旨い。


 昼食のあとは、道の駅だいごで明日の朝食や土産を買う。りんごのシードルあり、そばやうどんあり、ピルスナーやヴァイツェンもあり、そして軍鶏の卵!奥久慈にはおいしいものがたくさんある。


 食糧を確保したところで、日本三大名瀑のひとつ、袋田の滝へ。ひんやりとしたトンネル通路を歩き、滝を正面から見据える。新緑を背景に、溶け出した氷壁が岩肌を何千もの絹糸のようにしとしと流れ落ちる。夏には水しぶきをあげる豪快な水量になるという。

 ふと見ると「ようこそDAIGOへ」の看板。そうか、ここは大子町。DAIGO。ウィッシュ。いちど変換されてしまった頭はなかなか大子に戻れない。


 袋田の滝から、滝川を越えて車で10分ほど。今夜の風呂は袋田温泉関所の湯へ。露天風呂にゆっくり浸かる。

 ふと指を見ると、中指にペンだこのようなものができて皮がむけ、湯がしみる。子供たちとこんなに長時間手をつないで歩くことがなかったから、“手つなぎだこ”が出来ているのだった。彼らのまだ小さな手では、私の指2本しか握れない。ママー、こっち! ママー、あっちも! 子供が予測不能な方向へ大人をぐいぐい引っ張る力というものは案外強くて、中指の関節はもう限界がきている。明日から別の指の組み合わせで握らせなくては。


 夜は常陸大宮を横断し、国道293号線に沿って益子を目指す。今日中に益子に着いておきたい理由はのちほど。

 力強い蛙の声が車の中まで大音響で響いてくる。車の窓を10センチほど開けただけなのに、耳を裂くような声の勢いに圧倒されて腰を抜かしそうになる。あまりにも近い。ガーガーグァーグァーの中に、くるみの殻を擦り合わせたような、コロコロと心地よい鳴き声がたまに混じっている。

 22時、道の駅ましこ着。子供たちは毛布でくるまれ、とっくに眠っている。

 夫とふたりで晩酌。奥久慈の道の駅で買った地ビールで乾杯。つまみは燻製玉子(もちろん奥久慈軍鶏)。曇り空で星は見えない代わりに、ここでも全方位から蛙の大歓声。闇夜に同じだけの蛇も潜んでいるのかと思うと全身の毛穴がざわざわする。昼間袋田の滝でも立派な蛇を見たのだった。


 日記をつけて寝る。ゴロゴロという軽快ないびきが、キャンピングカーの二階ベッドから降ってくる。東京産の蛙が頭上にいるらしい。ならば私は富山産の蛇か。



5月6日  月曜日   Make my day

〜最終日 益子から東京へ〜


 4時半起床。蛙が7割、鳥の鳴き声が3割。蛙のマジックアワーはひとまず鎮まった。旅の最後の朝食は、目玉焼きとパン。大人はコーヒーも。



 昨晩のうちに益子入りしておいたのは、朝一番に陶器市に出かけたかったから。最終日の陶器市へ子連れで繰り出すなんて無謀かと思いつつ、世の中のみなさんのインスタで予習をして挑む。よしざわ窯は朝一から整理券を配布して長蛇の列らしいとか、駐車場は9時にはもう満車だとか……これはもはや器をめぐる戦争だ。見たい作家の名前と買うべき器のカテゴリをメモし、陶器市会場に着いたのは朝8時。余裕で中心部に停められたし、よしざわ窯の前にも列はなかった(商品はかなり少なくなっていたが)。

「キャンピングカーに付き合ってくれたから、今日は好きに過ごしていい」という夫の発言により、8時半からの3時間、途中雨に降られながらもひとり猛スピードで器を見て回る。財布に残っていた現金を使い切る。


 器を見るのはなぜこんなに楽しいのだろう。長くなりそうなのでまた別のブログに書く。

 会場で昼食を取り、13時に益子を出発。

 連休最終日の高速は、混雑とは無縁。16時、東京の自宅に戻る。


 現金なものだが、もう海の幸が恋しい。夕飯用にスーパーへ魚を買いに行く。会計レジの手前で財布を忘れたことに気がつき、いったん家に戻る。


 以上、サザエさんのキャンピングカー日記はおしまい。



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