愛と別れのスープ

 うんと寒くなると食べたくなるのが、香妃園の特製鶏煮込みそばだ。白い土鍋に入った乳白色の熱々のスープ、滑らかなストレートの丸麺。創業は一九六三年。場所は六本木、バブルの色っぽさを残す瀬里奈ビル。蝶ネクタイを締めた黒服姿の男性も女性もぴりっとしていて気持ちよく、時代を感じさせる店内は居心地がいい。編集者時代、深夜ここで啜ったそばのなんと後ろめたく、そしておいしかったとことか。

 明日はこの冬一番の冷え込みになるという天気予報を聞いた夜、ベッドで読んだエッセイにこんな話が出てきて、もう、香妃園に飛んで行きたくてたまらなくなった。タイトルは『安岡のこと』。遠藤周作が安岡章太郎について語った短い文章だ。

 肺を患って入院していた遠藤の病室を見舞った際に、安岡は「お前に食べさせようと思ってな」と風呂敷に包まれた土鍋をもってやってきたという。風呂敷をあけると中には中華料理屋に作らせたという白いスープ。しかし病室に着く前にひっくり返してしまい、安岡の上衣は白いどろどろとしたスープですっかり汚れていた。

 遠藤の感想は「じんときた」、これだけ。戦後「第三の新人」を代表するふたりの大作家が(片方は近づいてくる死を意識して)病室で向かい合ったシーンの切実さとおかしみは、どんなものだったろう。せめてうまそうな香りだけでも運べただろうか。安岡は遠藤の影響で晩年キリスト教に改宗しているから、文字通り信仰によって結びついた深い親交があった。

 こちらは平成の東京。白い土鍋、ドロドロのスープ、中華料理店…世に白濁した汁は多くあれど、ここに書かれているのは万が一にも香妃園のことじゃなかろうかと考え始めると、もう胃袋の高揚は止まらない。

 渡りに船、翌日は仕事納めの大掃除の日。差し迫った大きな仕事もない。早く仕事を終わらせて六本木に集合しようと友人を誘った。こんな急の誘いに乗ってくれる女友達がいるのは最高だ。 

 師走の店内は十一時四十五分の開店とともに満席。企業の重役と思しき方々もあれば、息子さんとスマホでサッカー観戦ををしつつビールを飲むお父さんもあり、ひとり隅っこでそばを啜る老眼鏡の女性の姿もある。町の中華料理屋と呼ぶのも違うし、敷居の高い港区中華でもない。ラーメン屋でもない。香妃園は香妃園という確立された格なのだ。果たして友人の感想はというと「今度○○(旦那さんの名字)を連れてこよう」。私にとっても好きな人に食べさせたいスープと麺の筆頭である。

 いっぽうで、人には飲ませたくないスープというのもあるらしい。

 あるラジオ番組に料理好きで知られる芸能人が出ていた。その人は、(得意料理であり配偶者の好物である)豚汁のおかわりを配偶者が求めてきたら、汁はなしで具だけをよそうと語った。相手の健康を気遣ってのことらしいが、私は釈然としない気持ちだった。豚汁はおかわりがデフォルトだ。汁のない世界。汁のない味噌汁、汁のない鴨南蛮、汁のないミネストローネ…カロリー計算上は正しいのかもしれないけれど、二巡めで改めてそのうまさを舌で再確認するのが汁の醍醐味だろう。

 しばらくしてその芸能人は離婚を発表した。手塩にかけた自慢の料理が別離の引き金になった…かどうかは分からない。その方に寄り添える点があるとすれば、常に見られる職業に就いている方の体重管理とか美意識というのは、私には到底理解も実践もできないストイックなものなのだろう。塩気の濃い汁ばっかり飲んでるからあなたそんな形(なり)なのよと言われてしまえば、返す言葉もない。 料理に必要なのはおおらかさだよと、自分に甘い私はレンゲを握りしめて遠吠えするのだった。













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