延命治療と、恋したい。

 2021年は、娘のてんかんとそれに伴う意識障害が群発し、救急車で搬送されるという慌ただしい出来事で締めくくりました。夫は9月から山梨へ単身赴任していて、ひとりで子どもふたり(しかもひとりは重度の障がい児)を育てていますから、ワンオペの大変さもいよいよここまで極まったか......という年の瀬でした。


 ざっと振り返ると、娘は今年、3か月に1度もしくは2度のペースで救急搬送と入院のセットを繰り返し、私もそのペースとプロセスにかなり慣れました。


 娘と一緒に救急車に乗るのも、慣れたものです。

 救急車を呼ぶ前に、主治医に電話をして指示を仰ぐことから、救急車両でのシートベルトの締め方まで、焦らずに淡々とこなしています。

 年末のこの日は、救急車両がなかなかつかまらず、20分ほど待ったあと、目黒と品川から同時に救急車が向かうと連絡が入りました。「先に着いたほうの救急車に乗ってください」との指示。2台も申し訳ありません.....頭を下げます。


「お母さん、靴と、それから防寒具と.....」

 先に到着していた消防隊員のかたが(救急と消防、ふたつの隊があります)、忘れ物がないように私にリマインドする頃には、お母さんはすっかり準備万端ととのっていて、マラソンのスタートを控えたランナーのようにすっと立っています。

 救急車に乗り込む直前に、「お母さん、火の元と戸締まり、もう1回見ましょうか」と言われるのが、この季節ならではです。


 マラソンと呼んだのは、わりとぴったりな表現で、ここから入院手続きが完了するまでは本当に持久戦ですから、気力と少ない体力だけが頼りです。前回、娘が入院したときは、救急車に乗ったのが夜11時、無事病室に入れたのは朝4時でした。


 病院というのは、中へ、奥へ入るたびにいろんなドラマがあるなぁと思うんですが、今回、緊急待合では、左右でまったく違う人間模様が繰り広げられていました。人間交差点というものがあるなら、私はあちらとあちらの間に横たわる深い溝の端に、ちょこんと立っていたと思います。


 右手では、女性ふたりと担当医らしき男性が、立ったまま話し込んでいました。女性のうちひとりは、私と同じくらいの年代。もうひとりは、おそらくそのお母様だと思います。

 聞くとはなしに話が聞こえてしまうのですが、担当医は、すぐにご家族を集めて、延命治療するか否か方針をなるべく早く決めるように淡々と伝えていました。

 こういうとき、人は、めまいを起こしそうになってもう片方の肩に寄りかかったり、

「そ、そんな!お父さん!いやぁぁぁ!」

と嗚咽したりはしません。


「なるべく早くって、先生、いつまででしょうか?」

「決めてくださいと言われても......ねぇ?」

 母と娘が、マスクのうえにちょこんとのっている互いの目を見て、首をかしげていました。途中からこのふたりを見たら、機内食のビーフかチキンで迷っている人の表情にしか見えなかったと思います。

 確か、こういう事態にならないように、普段から死について考えておきましょうねと警鐘を鳴らすNスペだったかクロ現だったかを、昔見たような気もします。

 こんなシーンに直面してもなお、この時私が考えたことといえば、熱いコーヒーが飲みたい、一階の喫茶店は何時開店だったろうかというものでした。

 そんな私も、客観的に見れば、救急車からストレッチャーで運ばれてきた幼い女の子の母親なのです。私のことを、子の命を失いかけているかもしれないひとりの女性だと思いこみ、憐れんでいる通行人も、きっといたと思います。


 いっぽう、左に視線を移すと、男性ドクターが、マッチングアプリで出会って初めて食事に行った女性のことで、愚痴をこぼしていました。

 相手の女性の、おごられて当然という態度が鼻についたという感想と、ドクターを囲む女性スタッフたちの「せんせ、面食いだからー」という合いの手が響いていました。先生は耳の後ろをボリボリ掻きながら「こいしてぇー」とも叫んでいて、そうですね、クリスマスイブだものね、と感じたのでした。

 医療の現場の人だって、当然、仕事中にそんな話をしていていいと思います。それに、私語が一切ない殺伐とした救急外来というのは、待っているこちらの気分を窮屈にさせるものです。(娘は命に関わる入院ではないので、私も気軽に構えていますが)

 救急外来勤務が苦にならないほど、どうか、いっぱい恋してください。


 ドクターの「こいしてぇー」に触発されて、私の「◯◯してぇー」はなんだろうかと考えてみると、思いついたのは、ひとりでのんびりお風呂に浸かりたい、でした。

 期間限定とはいえ、ひとりで子どもを育てていると、湯に浸かる時間というのは、まず、優先順位の最下位です。たまに在宅勤務の日の白昼にお風呂に入ると、ものすごく贅沢をしている気分になるのと同時に、夜の照明では目立たなかった床の汚れが気になり、自分は怠け者な母親ではなかろうかと、小さく傷つくのでした。リラックスするために浸かるのに、結局、いつも、こういう感じ。家事には正解とゴールがありません。


 娘はすっかり元気になりました。もともとよく笑う子です。笑顔が復活しました。

 子どもたちが元気でいてくれて、とてもありがたいと、心から思うお正月です。



<< 前へ

     

次へ >>


日記トップへ




最新記事

すべて表示

太田和彦さんといえば、私のような左党にとっては居酒屋文学の代表のような存在です。東京の街を遊びまわる際には、ご著書を参考にしてきました。 その太田さんがめちゃくちゃおもしろそうな翻訳本『食農倫理学の長い旅』を出されたというので、しかもそれが400ページを超える大作と知り、なるほど、このような形で食の道を極めていくキャリアもあるんだなあ、さすがだなあと思っていたのですが、本を少し読んですぐに分かりま

今日は原稿を一本納品しました。ある出版社の創立125周年を記念して作られた本に掲載される原稿で、字数は2500字。興味があるテーマだったから、気負わずに書けたのはいい。それでも、途中でああ、どうしようと困った点がひとつありました。 今取り組んでいる山梨の家のリノベーションについて触れなくては書き進められない内容だったのですが、どこまで詳細に書くかということについて、考えてしまいました。 なんだか、

新刊『愛しい小酌』が、明日10月21日(金)大和書房から発売になります。 本の中に出てくる器や場所のリンク集を以下に掲載します。撮り下ろしのページを中心に、ざっと思いつくものだけ挙げています。本書を片手に、気になるものを見たり、買ったりしてみてください。 あらためて見てみると、骨董市で買ったものが3割を占めていたように思います。 明日からは北杜市の白州で台ケ原骨董市が開かれるので、また何か買いそう