フライパンと7月31日の日記

 秋冬の野菜を使ったレシピの試作をいくつかはじめている。


 問題となるのはオーブンで、根菜やなんかをアルミホイルでくるんで、200度のオーブンで焼くレシピを採用するか否か。だって美味しいに決まっている。バターもしくはオリーブ油、場合によっては、煮詰めたバルサミコ酢なんかをかければ、寝ながら作ってもたいてい及第点には達するのが、オーブン料理だ。(焼き菓子は別。すごく繊細で難しい)


 でも、オーブンを持っていない人にはまったく役に立たないレシピだろう。私とて頻繁にオーブンを使っているかというと、そんなこともない。ただ、寒い季節にオーブンを稼働させると、部屋も視界も暖かくなるような気がして、好きなのだ。


 じゃあ、どんな家にもたいていある鍋──フライパンですよね多分──ひとつでできるレシピが最高かというと、そうは思わない。フライパンありきで発想するレシピなんて、つまらない。


 いろいろ試してみた結果、フライパンひとつで必要かつ十分だと導き出せれば──こんな美しくて魔法のようなアイディアを考えられたら素晴らしいと思う。ふわっと広げた布(アイディア)が、美しい蕾(核)にぎゅっと集約されるみたいに。それは、最初から蕾だけを作ろうとして作られた蕾より、もっと多層的で重量がある。

 同じ「フライパンひとつでできるレシピ」と謳っても、どんな道をたどって発想したかによって、内包する調理の幅の広さは全然違うし、それがレシピの強度を左右するだろう。

 強度を言い換えれば、世代を超えて受け継がれ、芯は残しつつも、アレンジや即興にも耐えられるということ。


 引き続き試作を続ける。

 オーブン、どうしよう。オーブンに手を出すか。出さぬか。




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