お粥をめぐる攻防

 またまた子どもが急性胃腸炎になった。しかもふたり同時に。かかりつけの内科に連れていくと、幼い子どもたちにこの冬猛威をふるっているのは、インフルエンザよりもむしろこっちなのだという。私の住んでいるエリアの保育園では大流行している。

 快復までにたどる道筋はどの子もだいたい同じ。まず嘔吐。子どもによっては発熱を伴い、その後胃から腸に下りて下痢が始まる。処方されるのは吐き気止めの座薬のみで、下痢が始まる前に投与すれば、驚くほど早く良くなる。

 となると困るのは食事だ。同じ胃腸炎でも、ひとりは食欲がなくぐったり寝ているのに対し、もうひとりは腹が減ったと唇を尖らせる。ドーナツ、カレーライス、コロッケ……食べたいものをわがまま放題に挙げて、地団駄を踏んでいる。俺を病人扱いするな、と。保育園の給食の係の人ではなく、おかあさんが作ってくれると分かっているから、甘えているのだ。

 そりゃあなんだって作ってやりたい。でも先生の言いつけを守り、心を鬼にしてお粥を作ることにする。鍋を取り出して米を洗っていると、背後から

「お粥? やだ!」

 アンパンマンのパジャマ姿で、母の手元をうらめしそうに見ている。いつものごはんと違う鍋を使うことにちゃんと気が付いているのだ。

「先生との約束だからね」

 そう言い聞かせても、頑としてどかない。明日の朝、熱が下がって元気になっていたら、パンにジャムを塗ったものを朝ごはんに食べてもいいよと指切りげんまんをして、なんとかコンロに火をつけることを許してもらった。

 

 お粥を毛嫌いするしょげた姿を見ながら、私の舌の上にもあの味気なくて糊のような、のっぺり単調なお粥の味を忌み嫌っていた少女時代の思い出がよみがえってきた。

 体調が悪いときに母が作ってくれたお粥は、富山の米とおいしい水で炊くのだから、まずいわけなどないのだけれど、こんなものを食べたら余計に体が悪くなると泣きたくなるような、鈍くぼんやりした代物だった。

 それがどうだろう、不思議なことに、大人になってからこれほど崇め奉られている料理はない。年末年始の御馳走に飽いた頃、七草粥を待ち遠しく恋う気持はほかの現代人に負けず劣らず私も持っているし(別においしいもんじゃないのにね、なんでだろう)、おいしいお粥が食べられるモーニングなどという特集が情報誌で組まれたりすれば、どんなもんかなと目を通す。奈良ホテルの茶粥なんてものをありがたく食べに行ったりもする。

 会食が続いたり胃の調子が悪いとき、朝少しだけいつもより時間をかけて炊く粥が、とても贅沢に感じることがある。自分を大事に扱って、体を調律しながら生きているという実感を抱くのに、お粥ほど適した料理はない。お粥は沁みる。大昔からなんにも変わっていないのに、私が、私の生活が、変わったのだ。


 手間のかからない料理としても、粥のエンタメ性はなかなかのもので、生米から炊きあがっていく姿は面白く見ものである。「米に対して水の量は~」などと面倒なことは考えずに、計量カップに三分の一程度の米を、鍋いっぱいの水で炊く。米の体積の八~十倍の水を使う、といったところだろう。

 米はあらかじめ加えられた水の量に合わせ、ふやけ、ふくらみ、割れて、最終的にはいい塩梅のとろみを湛えて炊きあがる。煮える、といったほうがいいかもしれない。水が少なければ少ないなりに、多ければ多いなりに、ちょうどよい水分量と粘り具合でもってポテっと一丁あがりとなるのだから、よくできている。

 ちなみに私は、土鍋のふたをしないで炊き続ける。せっかくの蒸気を部屋じゅうに広げたいということもあるし、ふたをしないで米が常にやさしく踊るようにしておいたほうが、さらっと喉越しのよいお粥になる。べとっとしたお粥は、まず子どもが嫌がって食べてくれないし。

 

 この日のお粥には、卵を加えて色を付け、最後に梅干しを真ん中に落として食欲をそそるような見た目にした。とにかく子どもに食べてほしくて、悪足掻きの工夫である。そのおかげか、なんとか食べてはくれた。最後のひと口のスプーンをなぶりながら言うには、

「明日はカレーが食べたい、約束だよ」

 だそうだ。

 思えば、妊娠初期のつわりが重かった私にとって、米が炊ける臭いは天敵だった。悪夢だった。母はとっくに和解した。まさかそのときおなかのなかにいたこの子が、米に復讐しているわけではなかろうが。



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