ここで会ったが百年目

 頑張り屋の女友だちがいる。

  結婚式のスピーチで彼女の上司がそう呼んだ。三十半ばの部下を頑張り屋さんと呼び、言葉の端々に女の子ちゃん扱いをしていることが透けて見えた。

  友人席一同のこめかみのあたりに薄い氷の幕が張りつめ、

「あれだけ大っきな会社だもん、仕方ないよ」

  私たちは視線を普段より長く合わせて、互いに意思表示した。

  大っきなというのは、数や規模のことではない。一枚岩の均質な集団──そう表現したほうがふさわしい。

  似たような学歴の、似たような価値観をもった男たちが働く会社を船に喩えたのは田嶋陽子さんだ。巨大な船を漕いでいるのは、長時間労働を可能にしてきた専業主婦たちであり、多くの非正規雇用のスタッフたちでもあるのに、甲板に出て心地よい風に吹かれ談笑するのは男たちだけ。そんな時代が、私が働きはじめるうんと前から、そして今も多分、多くの組織で、続いている。

 そんな堅牢な環境のなか、頑張り屋さんは甲板に立とうとしている数少ない女性ということになる。

 彼女が局長として着任した部門に、二十代半ばの女性が異動してきた。三年間の地方勤務を経て、初めての東京生活だという。

  どうぞよろしくお願いしますと初々しく挨拶を交わしてから半年後、この部下から深刻な相談をもちかけられる。別部署のAという男性社員から執拗なセクハラに遭っていて、精神的にかなり追い詰められているというのだ。

  Aの名を聞き、友人はめまいがしたという。

  ここで会ったが百年目──十五年前、彼女も同じ被害に遭っていた。

  もちろん上司に相談した。埒があかず、勇気を出して社内のホットラインにも電話した。

〈ホットラインに電話をするのはやめてくれないか〉

  Aからのメールで彼女が学んだことは、会社はなにもしてくれないどころか危険にさらしてくるということだった。

〈僕の身に何かあったら、希望している部署に君を推せなくなるかもしれないよ〉


  そんなに昔の話じゃない。

  結局、Aは部署異動し、彼女は訴えを飲み込んだ。会社を辞めようかと思い悩み、それさえも日々の忙しさにかき消されていった。

  あの男がまだ生きていただけではなく、相変わらず若い女性社員をターゲットにしている、その絶望。あのとき私があいつを殺さなかったから──もちろん社会的に──そう彼女は言う。

  この一連の話を聞いたのは、彼女とカウンターで飲んでいたときだった。

  なんと返事をしていいか分からなくて、彼女の横顔を盗み見た。隣に座っていると、彼女の体をがんじがらめにしている蔓が見えるような気がした。

「おたく(御社)、相当やばいね」

  と笑って斬り捨ててしまうことはできない。

  セクハラの背景には、それを助長する企業の風土がある。パワハラやモラハラなど、他のハラスメント行為とも根深く結びついている。彼女はその環境の中で人生の半分を過ごし、局長へと育ったのだ。その地の水を飲み、空気を吸い、暮らしてきたのだ。そして今、身を切られている。後輩のいる川下に毒を垂れ流してしまったことを悔やんでいる。

  しかし、光もある。

  昔の上司のように

「君にも隙があったんじゃないの?」

  とは彼女は決して言わない。個人と個人の問題にすり替えない世代が現れたことは、まず、ひとつの大きな希望だ。

  それに、数十人を擁する部門の長の訴えを、2020年の組織は看過することはもうできないだろう。甲板にのぼって意見を言うために、どれほどの階段を登らなくてはならなかっただろうか。

「ここで会ったが百年目」の由来とされる名刀・小夜左文字をめぐる物語では、子が親の仇を討って一件落着だ。

  私たちは、違う刀の使い方を考えなくてはならない。それは、川を美しくする壮大な計画の一歩なのだ。前進したかと思えば一歩さがり、複雑な螺旋を描きながらも、いずれ上昇していく、そんな気の遠くなることを、私たちは繰り返してゆく。



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