ペペロンチーノ事件

 エッセイ20本の入稿を済ませ、身軽なものが書きたくなった。本当にどうでもいいような話。


 近所のおつかいをすませて、外で軽くパスタでも食べようかなと思った夜のこと。

 メニューにエビ、カニ、イカとあれば何でも頼んでしまう質なので、

〈エビとブロッコリーのペペロンチーノ〉

 これに即決して、シャルドネも頼んだ。

 その店はカウンター+個室があるバルで、目の前で料理を作ってくれる。

 早い時間はワンオペなのか、調理だけでなく電話の応対、ワインのサーブまでひとりの男性が担当していた。客は私だけ。

 ちょうどフライパンにニンニクを入れたと思われる時点で、電話が鳴った。

 予約の電話のようなので、すぐに終わるだろうと気にも留めなかったのだけど、これがずいぶん長い。

 その間に、最初はたまらなく香しかったニンニクが、どんどんどんどんきつくなり、成分が店内に充満してきた。目が痛い。

 どうやら忘年会のダブルブッキングをしていたらしく、何度も電話主に詫びている。

 この時期に店の予約が取れなかったら幹事さんは困るよなあ、そりゃ引き下がらないで粘るよなあと思いながらも、私のペペロンチーノのほうも大丈夫なのか気が気でない。

 目が痛い。煙い。涙が出る。


   そこへアルバイト到着。電話応対はアルバイトに引き継がれ(これがまた神経を逆なでするタイプの話し方をする)、とりあえず私のぺペロンチーノが完成した。

 ペペロンチーノってこんな料理だっけ。

 ニンニクがこんもりと盛られ、強烈にくさい。匂いというか、痛み。顔を近づけなくても目が痛い。

  いや、味は問題ないかもしれないと思い、ひと口食べた。舌が痛い。ぺっと吐き出すのもみっともないような気がして、頑張って飲み込んだ。

 意地汚くエビだけほじくり出して、ニンニクを払い落とし、食べた。んにゃーどうにもひどい。一個でやめた。


 こんなときどうしますか。


 私は全部残してしれっとお会計を頼み、お金を払いました。お釣りを待つ間に、シャルドネで舌を洗おうとしたけど、舌が麻痺してもうワインの味すらわからない。

 小銭を受け取ってから、アルバイトの子と料理人に勇気をだして言いました。

「あの、すみません」

 はい? なにか? という感じのふたり。

「これを、これを食べてみてください。私にはとても食べられません。どう思うか、絶対食べてみてください。絶対にお願いします」

 失礼します。

 私はそう言って、1ブロック先にある喜多方坂内ラーメンに入り直した。

 私が食べたかったのは、よく冷えた白ワインに合うペペロンチーノだった。エビがぷりっとして、適度にニンニクが効いて、塩加減も絶妙な。坂内には本当に申し訳ないけど、これじゃないんだよなーと思いながら全部食べました。おしまい。



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