日記を放る

  少し前に、BAR BOSSAの林 伸次さんが「いま面白いのは日記だと思う」というようなことをnoteに書いていらした。私もそう思う。というのも、私も2014年から日記をつけているからだ。林さんのように読み手のことをきちんと意識したものではないけれども(林さんの視点は本当に面白い)。

インフルエンザが治りかけてきた頃、布団の中で読むのにちょうどよい本がなく、日記をベッドに持ち込んで気まぐれに拾い読みしていた。2017年8月のある日、こんな一行を見つけた。

仕事の合間に子育てをする生活は嫌だ

 何が引き金となって気持ちを吐き出したのかはもう覚えていないけれど、出版社に勤めていた頃は2月と8月を迎えるのが怖かった。ファッション誌の編集者にとって、春と夏の特大号は目が回る忙しさで、気力と体力に鞭打って突き進んだ記憶しかない。このときも8月病に罹っていたのかもしれない。

    また別の時期には、仕事で抱えていた悩みについて切々と綴られていた。しかし、2か月後にはすっかり状況は変わってしまっていた。意外にも、ストレスの元が私の前からあっさり去って行ったのだ。ページを埋め尽くすいくつもの小さな迷いや不平も、今となっては消滅したり、別のものに姿を変えたりしている。あれこれ考えたところで、抗えない流転の中に私たちは常に漂っていることを、日記は証明してくれる。

    一番好きなページは、ふたりめを産んだ2015年9月の最終週のあたり。陣痛の合間に私はメモをとっていた。ひとりめを産んだあと、(どの出産とも同じようにそれなりに大変だったのだけれど)日に日に出産の体感を忘れていくのが寂しかった。熾烈な痛みを忘れる力が備わっているからこそ、ふたりめを産めたわけだけれど、あの頃の輪郭をちゃんと言葉で残しておけたら面白かったのになぁと思ったのだった。

    陣痛というのは痛みがずっと続くわけではなく、数分おきに激しい痛みと平常が繰り返される。その間隔がだんだん短くなると、子宮口は全開になり、いよいよ出陣。平常なときに、四つん這いになったり、立ったままだったりしながら、私はメモを取った。筆跡は跳ねて、はみ出て、大騒ぎである。

いたい、いたい、いたい、こわい

ぐ、ぐぐ、ぐ

体がバラバラになる、骨が飛んでく

 長男を産んだ後、分娩室で休んでいるときにも書いていた。

産んだ産んだ、わたしが産んだ

潮のかおり

みっちり詰まった重い果実

 目を閉じて鼻腔に意識を集中すると、あの時の匂いがつかまえられるし、胸と腕には彼の重量と肌の手触りが何度でもよみがえる。

    出産の異常な興奮のなかで、何が私に言葉を選ばせたのかは分からない。分からないからこそ面白いし、そこに掛け値なしの真実があるのかもしれない。

    だからこそ日記は紙に書くべきだと私は思っている。キーボードに慣れた指は、思考よりも先に慣性でフレーズを作り出してしまう。それっぽさを打ってはディレートし、また指を弄んで打っての繰り返しは、核心に近い言葉を探し出す集中力を奪う。そうやって見つけ出した言葉も、書いてしまえば過去になる。

    こうして続けてきた日記を、私はどこかに隠すこともせず、夫から見えるところにぽんっと放り出したまま仕事に出かけたりする。なぜそんな大胆なことができるかといえば、日記には決して書かれない事柄──胸にしまっておきたい秘密──があるということを、私自身が誰よりも知っているからだ。読みたければどうぞご自由に、そこにもう私はいませんがね、というような。

 しかし、夫が私のノートに触れることは恐らくない。そのことが希望なのか失望なのかは、分からない。

 随分長く付き合っていながら、自分というものはなんとあやふやで不可解な存在だろう。



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